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解せない安藤美姫の会見と慰安所勤務の朝鮮人男性従業員が書いた日記の解釈

安藤美姫の不可解な会見について様々な憶測が飛び交っているようです。

せっかく沈静化していたのに、なぜ自ら火を付けるような会見を・・・

ドキュメンタリー番組を制作するのでは?という噂まであるようです。

そして、従軍慰安婦という妄想に取りつかれた韓国は、妄想をドキュメンタリーとして制作するようです。

なぜか慰安所勤務の男性従業員が書いた日記も見つかったそうですから、ファンタスティックな内容になるでしょう・・・

┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

異様な安藤美姫「厳戒会見」の舞台裏

(2013.8.6 東スポWeb)

これはいったい、なんなのか? フィギュアスケート元世界女王の安藤美姫(25=新横浜プリンスク)が5日、新横浜プリンスホテルで記者会見を開いた。未婚のまま女児を出産したことを7月1日放送のテレビ朝日系「報道ステーション」で告白後、公の場で会見したのはこれが初めてだ。しかも、この会見は異例ずくめ。なぜか美人弁護士が同席したうえ、会場にはSP2人を連れてくるなど、異様なミキママ会見の舞台裏を追った。

大注目のミキママ初会見。本来なら、ホテルの広い会見場は大勢の記者で埋まるところ。ところが、この日の会場はガラガラだった。それもそのはず、今回の記者会見に出席できたのは東京運動記者クラブのスケート分科会に所属するメディアに限られたからだ。スポーツメディア以外は一切お断り、というわけ。

さらに安藤側は会場になんとSPまでつける警戒ぶり。記者会見にも、安藤の代理人を名乗る今田瞳弁護士が同席した。

事前に「同じ質問には一切答えない」「テレビカメラのないところでは話さない」と厳しい“通達”があってのスタート。さらに今田弁護士から再度の要請があった。

「映像使用媒体はスポーツニュース協会の認定する報道番組に限定し、使用期間は24時間以内。それ以降は要連絡」という珍しいもの。また、映像の二次使用に関する連絡先には、アイスショーを主催するイベント会社のファクス番号が口頭で伝えられただけ。代理人の連絡先は伝えられず、不自然さが残った。

そもそも、なぜこれほどの厳戒態勢を敷き、わざわざ会見を開いたのか。7月1日の衝撃告白からすでに1か月たった。一連の過熱報道もすっかり沈静化している。そんな状況なのに、安藤が公の場に現れて話をするとなると、寝た子を起こすようなものだ。

安藤は「今季のプログラムを米国で作成し帰国した際、取材申請をいただいたので、近況報告としていい機会なのでお受けした」と説明したが…。ある日本スケート連盟関係者は「このままだと女児出産について話したのはテレビ朝日と読売新聞だけ。他社はすべて伝聞で伝えるしかない。本格的なシーズンを前に、さすがに角が立つし、安藤サイドも良くないと思ったのでしょう」と分析した。一方で「あえて話題をつくるためではないか」(フィギュアスケート関係者)とシビアに見る向きもある。

安藤側は「(メディアから)お願いされ仕方なく応じた」というスタンスだけは守りたかったようで、会見場の使用料15万円は出席した報道側で頭割りとなった。

肝心なのは会見の中身だが、最も強調されたのは過熱報道の自粛要請だ。「スーパーマーケットに行くにも車で後をつけられたり、普通の生活ができない。サポートしてくれる関係者に夜中に電話したり、失礼はやめてほしいです」(安藤)

また、女児のプライバシー保護についても強く要請。女児の父親についても「私の口から一切言わない。競技に復帰するので、終わってから相手の方と話してきちんとしていくつもりです」との姿勢は同じで、注目発言は一つもなかった。

初戦となる10月の関東選手権(新横浜)に向け練習量を増やさなければならない時期。しかし「今は外の環境がよろしくなく、練習に行けていない」(安藤)そうだ。コーチもいまだ不在とあって「自分は(ソチ五輪に)出られる状況にない。まだ100%五輪を目標に持てるかというと、そういう立場ではない」とも…。

要するに、マスコミに文句を言いたかっただけなのか。ミキママの前途が多難なことだけは間違いないようだが…。

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会見した安藤美姫。右は今田弁護士

安藤美姫の運動記者クラブメディア限定会見の解せない部分

(2013.8.7 東スポWeb)

安藤美姫の出産公表に関する報道が過熱していたころ、ある同業者が言っていた。

「正直、現場はこの問題にあまり気乗りがしないみたいで、運動部と文化部がおっつけ合いらしい…」

その後、女性誌などを除けば報道は沈静化。出産告白から1か月あまりの5日、安藤は弁護士同伴で会見を開き、子供の父親などをめぐる報道の自粛を求めた。とはいえ、本紙の記事によれば、出席できたのは東京運動記者クラブのスケート分科会に記者を登録している報道機関のみ。その本音はおおむね、冒頭の言葉のようなところだろう(発表やニュースがあれば報じるにしても)。安藤側が切に要請したいのなら、むしろこの件に熱心な週刊誌やテレビのワイドショーにこそ来てもらうべきだったのではないか。

会見の趣旨はスケートに関する近況報告だったから運動記者に限定したのかもしれないが、呼ばれなかったメディア側は納得いかないだろう。6日朝のワイドショーは映像抜きで異例のメディア限定会見の内容を伝え、ある司会者は「我々は安藤選手を応援してきたのに、嫌われたのか」と渋い表情だった。

結果的に反発もされかねない対象限定会見。同席した弁護士は、都心の有名ビルに入居する大手総合法律事務所の所属とみられる。弁護士登録して5年のアソシエイト。共著のタイトルをみると、会社経営や不動産の法務が専門のようだ。訴訟でもないのに弁護士が同席することも異例だが、今回のケースでいえば、人権問題やメディア、著作権、あるいはコンプライアンスの専門が適任とされるところだが。

弁護士とSPの登場は会見限定だったのか。あるいは復帰戦となる10月の関東選手権にも姿を見せるのか…。

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渡辺学

1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、08年から両部の専門委員。早大卒。

慰安婦:慰安所管理人の日記発見、性的奴隷の実態明らかに

旧ビルマ・シンガポールにあった日本軍慰安所の管理人、日記に書き記す

「1942年7月10日、朝鮮人女性数百人の『第4次慰安団』、軍用船に乗って釜山出港、8月20日ビルマ着、20人前後に分かれて日本軍駐屯地に配置」

(2013.8.7 朝鮮日報日本語版)

旧日本軍の従軍慰安婦が、戦時動員体制の一環として、日本軍の主導の下に数度にわたって組織的に動員されていたことを示す資料が新たに発見された。また前線の日本軍部隊が、下部組織として編成された慰安所・慰安婦らを率いて移動していた事実も同資料で明らかになった。これは「従軍慰安婦の動員に日本政府や日本軍が関与しなかった」という一部の主張を全面的に否定する資料だ。安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授(韓国経済史)は、1942年7月に従軍慰安婦を連れて旧ビルマ(現在のミャンマー)に向かい、44年12月に帰国するまでビルマ・シンガポールの日本軍慰安所で管理人として働いていた朝鮮人が残した日記を6日に公開した。

安名誉教授が翻訳および解題を担当して間もなく刊行されるこの日記によると、42年7月10日、朝鮮人女性数百人からなる「第4次慰安団」が釜山を出発した。

女性を募集したのは、日本軍の代理人が選んだ民間業者。募集された女性は軍属に準ずる身分で、日本軍が発行する旅行証明書を持ち、軍用船など軍用の交通手段を利用した。

8月20日にビルマに到着した慰安婦らは、約20人ずつに分けられ、日本軍の駐屯地や主要都市に配置された。日本軍の慰安所は、形式的には民間業者が経営していたが、日本軍が直接管理・統制していた。慰安所は日本軍の部隊の専属として報告書を定期的に提出し、また軍の命令によって随時移動した。

ビルマの朝鮮人慰安婦の存在は、この地域の慰安婦だった故ムン・オクチュさんの証言などによって知られていた。しかしムンさんが「第4次慰安団」の一員で、女性たちが終始一貫して日本軍の命令に従っていたという事実が明らかになったのは、今回が初めて。

安名誉教授は「41年12月に太平洋戦争が始まった後、日本軍が数度にわたって慰安婦を連れていったといううわさが出回ったが、今回公開された日記でその実態が判明した。日本軍慰安所の運営実態を示すこの日記によって、慰安所が軍の組織編制の末端部に編入されており、従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる」と語った。

李先敏(イ・ソンミン)先任記者

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▲日本軍慰安所の管理人だった朝鮮人が残した日記。/写真提供=図書出版イスプ社

韓国KBS 従軍慰安婦のドキュメンタリー番組放送へ

(2013.8.7 聯合ニュース)

【ソウル聯合ニュース】KBSのドキュメンタリー番組「パノラマ」で、8月15日の光復節(日本による植民地支配からの解放記念日)に合わせ、旧日本軍の従軍慰安婦に焦点を当てたプログラムが放送される。

8日に「アジアの被害者たち」、15日に「望郷の恨」をテーマに午後10時から放送する。

従軍慰安婦は1930年代ごろから日本軍の士気を高めるという名目で、日本の植民地だった朝鮮半島やアジア各地に存在した。若い女性たちが仕事を紹介するとだまされ、慰安婦として人身売買された。

非人道的な生活を強いられた女性たちは、日本軍が敗北すると自決を迫られたり、現地で自殺に追い込まれた。運良く母国に戻っても、周囲の冷たい視線にさらされた。

制作スタッフは日本軍が組織的で体系的な慰安婦募集、運営、隠蔽(いんぺい)を行ったとする国内外の文書や証言を通じ、日本政府と軍が主導した慰安婦制度の実像を描いた。

7カ月間に8カ国を回って各地の元慰安婦から証言を得た。また、鳩山由紀夫元首相や、1995年に「村山談話」を通じ植民地支配を謝罪した村山富市元首相のインタビューも収めた。

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元慰安婦の証言を取材したドキュメンタリー番組のワンシーン=(聯合ニュース)

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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記

慰安所:朝鮮人男性従業員の日記発見 ビルマなどでつづる

(2013.8.7 毎日新聞)

第二次世界大戦中にビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの慰安所で働き、その様子をつづった朝鮮人男性の日記が、韓国で見つかった。男性は、1942年に釜山港を出発した「第4次慰安団」に参加し、44年末に朝鮮へ戻った。慰安所従業員の日記の発見は、日韓で初めて。旧日本軍による従軍慰安婦問題では、数十年たってからの証言が多いが、現場にいた第三者による記録は、冷静な議論をする上で貴重な資料と言える。

朝鮮近代経済史が専門で、慰安婦問題にも詳しい安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が見つけた。約10年前にソウル近郊の博物館が古書店で日記などの資料を入手。これを安名誉教授が最近精査し分かった。堀和生京大教授と木村幹神戸大教授が、日本語訳の作成を進めている。

日記は、朝鮮半島南東部・慶尚南道(キョンサンナムド)出身の男性が、ビルマとシンガポールの慰安所で働いた43、44年に記した。漢字やカタカナ、ハングルで書かれている。

男性は05年生まれで79年に死去。22年から57年までの日記が残る。ただ、朝鮮で慰安婦募集に携わった可能性のある42年を含む8年分は、見つからなかった。

男性は、43年7月10日に「昨年の今日、釜山埠頭(ふとう)で乗船し、南方行きの第一歩を踏み出した」と記述。44年4月6日には「一昨年に慰安隊が釜山から出発した時、第4次慰安団の団長として来た津村氏が(市場で)働いていた」と書いた。

ビルマで捕らえた慰安所経営者を米軍人が尋問し45年11月に作成した調査報告書には、42年7月10日に慰安婦703人と業者約90人が釜山港を出港したとの記録がある。釜山出港の日付が一致し、日記の正確性を裏付ける。

安名誉教授は「米軍の記録が第4次慰安団を指すのは確実だ。慰安団の存在は、組織的な戦時動員の一環として慰安婦が集められたことを示している」と指摘する。ただ、安名誉教授は、韓国で一般的な「軍や警察による強制連行があった」という意見に対しては、「朝鮮では募集を業者が行い、軍が強制連行する必要は基本的になかったはずだ」との見方を示した。

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昭南博物館のスタンプが押された日記

慰安所従業員:日記発見 慰安婦の日常、淡々と 募集の時期は欠落

(2013.8.7 毎日新聞)

【ソウル澤田克己】ビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの慰安所で働き、日記を残した朝鮮人男性は、1942年夏から44年末までの東南アジア滞在中に慰安所3カ所の帳場で働いた。日記には、慰安婦の管理や、軍や役所との折衝といった日常生活が淡々とつづられている。

慰安所が旧日本軍の管理下にあったことは、軍の文書でも確認されている。日記にも「慰安婦を連れて連隊本部とその他3、4カ所に新年のあいさつに行ってきた」(43年1月1日)や、連隊本部などから定期的に避妊具を受け取ったりしたという記述が、頻繁に見られる。

軍から移転命令があり「慰安婦一同は絶対反対」(同3月10日)したが、結局は「司令部命令に勝てず移すことになった」(同14日)などの記述から、軍との密接な関係をうかがわせる。

日記の著者は、ビルマ西部の要衝アキャブ(現シットウェ)からラングーン(現ヤンゴン)へ移った。その際、軍から宿舎の提供を受け「火村小隊の車に火村小隊長少尉らと7人で乗って」(同年1月21日)もいる。

日記を発見した安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授は「軍属に準じる扱いを受けていたようだ」と話す。

日記からは、前線であるビルマと後方地域のシンガポールとの違いもうかがえる。シンガポールでの日記には、慰安婦の「廃業」や「帰国」に関する記述が多く出てくるが、ビルマではそうした記述は見られない。

著者はシンガポール在住時の44年10月25日、元慰安婦が結婚したので「知己の人を呼んで祝賀の酒を飲むと誘われた」という。

ビルマでは既に日本軍が敗走を重ねていた時期で、連合軍の尋問調書などによると、多くの慰安婦が巻き添えで犠牲になっていた。

一方、日本軍は、定期的に慰安婦を検診し、性病にかかった場合は入院させた。日記にも「検査不合格者が6人も入院した」(44年5月12日)などという記述が多く見られる。「妊娠7カ月なので、休業届を提出した」(同7月4日)というケースや、慰安婦の出産(同9月5日)もあった。

日記には、朝鮮における慰安婦募集に関する記述はない。日韓両国では朝鮮半島で慰安婦を集めるときに強制連行があったかどうかに強い関心が持たれているだけに、安名誉教授は「この時期の日記が欠落しているのは残念だ」と話す。

ただ、米外交問題評議会のジェイムス・リンゼイ上級副会長は毎日新聞に対し、米国で慰安婦問題への批判が強い理由について「女性への性暴力が大きな政治的関心を呼ぶようになった世界的な流れが背景にある」と指摘。強制連行の有無は大きな論点ではなく、慰安婦という制度そのものへの向き合い方が問題視されているとの認識を示した。

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◆慰安所従業員の日記 抜粋

◇1943年

1月 1日 ビルマ国アキャブ市(現シットウェ)の慰安所、勘八倶楽部(くらぶ)で起きて、宮城(皇居)に向かって遥拝(ようはい)した。家内の弟と○桓君は、<慰安婦を連れて連隊本部とその他3、4カ所に新年のあいさつに行ってきた。>  

1月 2日 昨日は元日で休業し、今日から慰安業を始める。

1月 9日 今日の検査の結果、病気だった○千代と○子の2人が不合格で、その他16人はみんな合格だった。

1月12日 連隊本部へ行き、慰安婦の収入報告書を提出した。

1月13日 連隊本部医務室から衛生サック(コンドーム)1000個を持ってきた。

1月16日 午後6時ごろ連隊本部事務室で、数日前に頼んだラングーン(現ヤンゴン)への出張証明書をもらった。

1月18日 同行の友となった中村上等兵と兵站(へいたん)へ行って朝飯を食べ、某少尉の案内で彼の部隊へ行って寝食をすることにする。某少尉も同行してラングーンまで行くという。

1月21日 ビルマ国タンガップの<火村小隊の車に火村小隊長少尉らと7人で乗って、午前11時にタンガップを出発した。>

1月25日 横浜正金銀行ラングーン支店で3万2000円を貯金した。

1月29日 朝鮮から一緒に来た野沢氏に会った。マンダレーの方で慰安所をしていたが、今は、部隊の移動に従ってプロメーに移り、営業しているという。

3月10日 <55師団から、マンダレーに近いイェウーに移転しろという命令が(ビルマ国ペグー市の)金川氏の慰安所にあった。慰安婦一同は絶対反対ということだった。>

3月14日 <金川氏は司令部命令に勝てず、慰安所をイェウーへ移すことになった。>

3月16日 金川氏は、師団連絡所からイェウー方面への移動を当分の間、中止すると言われた。

4月 5日 桜倶楽部の慰安婦、○子は腹部がとても痛み、午後、開腹手術をするのだという。○子は昨年、マンダレーにいた時も盲腸炎で手術をした。

6月 2日 (ラングーン市外)インセインの宿舎で起き、村山氏宅で朝飯を食べた。正金銀行に行って、村山氏の慰安所の慰安婦2人の貯金をした。

6月20日 光山氏は、今回の慰安婦再編で、夫人を連れて帰国するそうだ。

6月25日 大石氏も今般、慰安婦募集のため帰国するという。

7月10日 <昨年の今日、釜山埠頭(ふとう)で乗船し、南方行きの第一歩を踏み出した日だ。もう1年になった。>

7月16日 村山氏の慰安所の慰安婦だった○子は妊娠7カ月で、胎動異常があり、今日、鈴木病院に入院したが流産だった。

7月17日 昨日、鈴木病院に入院した○子は流産後の経過が良好で、今日、車で帰ってきた。

7月19日 <インセインにいる高部隊すなわち航空隊所属の慰安所2カ所が、兵站管理に委譲された。>

7月20日 村山氏経営の慰安所、一富士楼が兵站管理となり、村山氏と新井氏は兵站司令部に行ってきた。

7月26日 インセインの慰安所2カ所が兵站管理になった後、慰安婦の検査も兵站の軍医がすることになった。

7月29日 <村山氏の慰安所の慰安婦だったが、夫婦生活をするために(慰安所を)出た春代、弘子は、兵站の命令で再び慰安婦として金泉館に戻ることになったという。>

7月30日 村山氏は8月中に帰郷する考えなのだが、もち屋と慰安所を私に引き受けろという。承諾した。

8月 8日 金川氏も慰安所を他人に譲渡して帰国するという。

8月10日 ラングーンの翠香園で慰安所組合会議に出席した。組合費として経営者は30円、慰安婦は1人2円で計62円を払った。

8月11日 近日は慰安所に来る客が少なく収入もとても減少した。

8月12日 兵站司令部に行って営業日報を提出し、サック400個を受け取った。

8月13日 <鉄道部隊で映画があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。>

8月19日 兵站司令部で、サックを600個受け取った。

8月24日 村山氏が、一富士楼慰安所を9月まで自分が経営して10月初めに引き渡すというので、それではだめだと言った。

8月26日 兵站司令部で5日間の日報を提出し、サック800個を受け取った。

9月9日 ペグーの金川氏も今日、慰安所を他人に譲渡する契約を締結した。 (この後、筆者はシンガポールへ移動する)

12月 3日 ラングーンで慰安所を経営していた金田氏は去る7月初めに慰安婦を募集するため朝鮮に行った。そして今回、慰安婦25人を連れてビルマへ行く途中でシンガポールに到着した。

◇1944年

2月 1日 今日出発する帰国慰安婦5人を送り出した。

3月 3日 慰安婦、○子とお○が廃業した。

3月31日 慰安婦、真○を連れて特別市保安課旅行証明係に行き、内地帰還旅行証明願を提出させた。

4月 5日 帰郷する慰安婦、お○と○子は明日の乗船券を買った。共栄倶楽部の慰安婦、尹○重(○子)も明日出発だ。

4月 6日 <生鮮組合に行ったところ一昨年に慰安隊が釜山から出発した時、第4次慰安団の団長として来た津村氏が働いていた。お○と○子、共栄倶楽部の○子を見送ってきた。>

4月12日 特別市支部へ行って、金川○玉と島田○玉の2人についての内地帰還旅行証明書を受け取った。

4月13日 特別市警務課に行き、真○の内地帰還についての移動届を提出した。南方運航会社に行って、真○、島田○玉の2人の乗船を申し込んだ。

4月14日 西原君と横浜正金銀行の支店に行き、今般帰郷した李○玉と郭○順への送金をした。

4月15日 慰安婦募集のため朝鮮に帰った大洋倶楽部の主人は来る7月に京城(現ソウル)から出発する予定だと西原君に電報が来た。

4月18日 スマトラ・パレンバンからシンガポールに来て、菊水倶楽部が慰安婦として抱え入れることになった金○順の就業許可のため特別市警務部保安課に行ってきた。

4月30日 今日も軍人の外出が多く、昨日の最高収入をはるかに超過し、2590円余りの最高記録だった。

5月 9日 金○順と崔○玉の稼業婦としての就業が許可された。

5月12日 <今日、検査不合格者が6人も入院した。>

5月26日 昨年9月ごろ、菊水倶楽部からティモール島方面へ行った李○梅という女が今日、シンガポールに帰ってきたと訪ねてきた。

5月31日 正金銀行に行き、金川○玉の送金許可申請を提出した。

6月 1日 中央電信局に行って、金本○愛と李○梅の2人に頼まれた電報を出した。

6月 2日 今日の検査で2人が不合格となって入院したので、今までの入院者まで入れて計5人が入院中だ。

6月 5日 金川○玉と島田○玉の2人は、今朝8時に出発した。

6月 9日 今日の検査結果は、入院中の2人が退院し、2人はそのまま入院。店にいた女たちは全員合格した。今月から女子はたばこ配給がないのだが、稼業婦に対しては接待用として特別に毎日10本の配給がある。

6月13日 4月に帰還した郭○順にすぐ送金したのだが、まだ受け取れていないと2回も電報が来た。

6月17日 新しく入った宋○玉のことで特別市保安課営業係、坂口氏のところに行ってきた。稼業婦特配米を受け取った。

6月23日 帰郷した金川○玉から到着したから送金しろという電報が来た。

7月 4日 <慰安稼業婦、許○祥(○江)は妊娠7カ月なので、休業届を提出した。>

7月27日 正金銀行に行って、慰安婦の貯金をした。

8月31日 今年4月初めに帰郷した共栄倶楽部の稼業婦、尹○重から無事帰還したというはがきが届いた。

9月 5日 <倶楽部の稼業婦、許○祥(○江)は妊娠中だったのだが、中央病院に今夜入院し、23時半ごろ男児を無事に出産した。>

9月 6日 保安課営業係に金○愛の廃業同意書を提出し、証明を受け取った。

9月28日 正金銀行に行って、稼業婦の貯金をし、南方運航会社に行って金○先と金○愛の2人の内地便船の申し込みをした。

10月14日 病弱のため帰郷を決心した。

10月25日 スマトラのパレンバンからシンガポールに来た宮本と<第一白牡丹で前は慰安婦をしていた今の仲居が今般結婚した。今夜、両国食堂で知己の人を呼んで祝賀の酒を飲むと誘われたので行った。>

10月26日 今般帰郷する金○愛の送金許可申請書を提出した。

10月27日 <慰安婦、金○先に頼まれた送金600円を本人の貯金から引き出して、中央郵便局から送った。>

11月 9日 横浜正金銀行シンガポール支店に行って、慰安婦の貯金をした。

11月15日 稼業婦、金○愛は今日、内地に帰還する船に乗った。

11月16日 特別市保安課営業係に行き、帰国した金○愛の酌婦認可書を納付した。 11月22日 仲居、李○鳳と稼業婦、金○守の2人の旅行証明をもらってきた。南方運航会社で2人の乗船申し込みをした。

11月24日 正金銀行に金○守の送金許可を申請し、中央郵便局で李○鳳の送金をした。

12月 4日 正金銀行に行き、送金許可された金○守の1万1000円を送金してあげた。

12月16日 横浜正金銀行に行き、許可された3万9000円を送金し、検疫所に行って検疫証明書をもらった。13時ごろ稼業婦のみんなと別れのあいさつをして停泊場に行き、手荷物検査を終えて17時ごろ乗船した。

(注)日記は、慰安婦のことを「稼業婦」「酌婦」などとも記している。慰安婦らの名前の一部を伏せ字とした。「横浜正金銀行」は、1880年開業の外国為替取扱銀行。日記では単に「正金銀行」とも書かれている。東京銀行の前身で、現在は三菱東京UFJ銀行となっている。<>は記事と関連する部分。

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■ことば

◇軍票と戦時中の郵便貯金

軍票は「軍用手票」の略語で、軍の物資調達などのために一時的に使われる通貨。日本も第二次大戦中に約45億円分を発行したが、終戦後に無価値となった。戦時中はビルマ(現ミャンマー)などの戦地に野戦郵便局、朝鮮半島などの植民地や占領地に外地郵便局が設けられ、軍人や現地住民らが貯金に利用した。

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ノートにびっしりと書かれた日記。1943年1月の記載

字幕【テキサス親父】慰安婦は売春婦!証拠はコレだ!と親父ブチギレの巻!

【動画解説】

以前より慰安婦問題に関して様々な事を調べているテキサス親父が最近発見したネット上­に上がっている1944年に報告された「尋問調書」に注目した。しかし、ネット上にあ­る物の中には、捏造された物が多く存在し、その米軍の報告書とされている物が本物であ­るかという疑問を持った。

そこで、以前も竹島問題で「マッカーサー電文」が本物であるかどうかの確認を依頼した­ワシントンDC郊外にある「国立公文書館」へ問い合わせた。

約2週間後にそこから一通の手紙がテキサス親父に届いた。

その中には、そのネット上に上がっていた内容と同じ物の原本のコピーが同封され、間違­いなく米軍が慰安婦の捕虜達に尋問した一部始終が記載されている書類だった。

この中には、次のようなことが書いてあった。

この書類はこちらからご覧頂けます。→http://texas-daddy.com/comfortwomen.htm

・慰安婦達の証言では、志願して雇用され高額の給料を貰っていた。・町へ出かけて化粧品や洋服など好きな物を買っていた。

・時間の関係で全てのお客(兵士)にサービスができない事を悔やんでいた。

・日本人の兵士達とスポーツをしたり、ピクニックをしたり宴会をしたり様々なイベント­を一緒に仲良くやていた。

・借入金がある慰安婦は、その返済が終われば希望があれば国へ帰ることも出来た。

・日本の兵士と結婚する者もいた。

さらにこの尋問をした米兵の主観として「慰安婦達は、日本人の基準でも、白人の基準で­も綺麗な女達ではない」と書かれている。

要するに慰安婦は「不細工」だったと言う事が書かれている。

テキサス親父はこの慰安婦問題はアメリカでもプロパガンダに利用できない位にきっちり­とした規則の上に成り立っており、20万人強制的に「性奴隷」などにされた事実はない­と言っている。

卑怯者が大嫌いなテキサス親父は、これらの朝鮮人の揺動者に乗せられ、慰安婦の碑や慰­安婦像を建てた、または、建てる準備をしているいくつかの米国の自治体に対しても激し­い批判を浴びせている。

米国の最高裁判所では、この慰安婦問題は米国の裁判所が扱う問題ではないと朝鮮人達の­訴えを2006年に退けており、現在は、地域密着のロビー活動に専念して、何カ所かで­嘘を誠に歪曲させることに成功し、そこに騙されている米国人がいるのも事実。

この手法は、日本での朝鮮学校への学費の援助も同様で、日本が国として各種学校としか­認めていない為、地方自治体を騙し、恐喝して日本国民が払った税金をむしり取っている­のと同様。

吉田清治の捏造本「私の戦争犯罪」から始まったこの慰安婦問題は、強制があったにせよ­無かったにせよ、1965年に調印した「日韓基本条約」で解決済み。

今こそ、日本はこの朝鮮人達のデタラメな振る舞いに対して毅然とした態度をとり、事実­を突きつけ世界に拡散すべきであることは言うまでもない。

字幕【テキサス親父】新たな「追軍売春婦像」と米国の恥さらし共

発見された日記の解釈が日韓のメディアで違うようです。

どちらが正しいのでしょう。

韓国:

慰安所が軍の組織編制の末端部に編入されており、従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる

日本:

朝鮮では募集を業者が行い、軍が強制連行する必要は基本的になかったはずだ

元慰安婦が結婚したので「知己の人を呼んで祝賀の酒を飲むと誘われた」

日本軍は、定期的に慰安婦を検診し、性病にかかった場合は入院させた

日記の内容から、『従軍慰安婦』が『性奴隷』であったとは思えません。

韓国の方々には脳内変換によって、違う内容が見えるのでしょうか?

8分半で自虐史観の洗脳が解ける魔法の動画

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

性奴隷として拉致してたのは朝鮮戦争時なんだけどね。
アチラが慰安婦映画作ると、ポルノ映画になるんだけど。。。

投稿: アクセルフォーリー | 2013年8月 7日 (水) 23時54分

まいんちあついっすね。もう、微熱じゃんっ。というくらい暑いですね。
あっちーなーっつってぼんやりして、階段を踏み外してねん挫しないように気をつけてくださいね。皆様…。
って、そりゃワタシだーーーーー!
アホでスマン。ヨル。です。

ほんとに、こちらの記事いずれも解せないですね。毎度のことながら。
前者に至っては、最終的にはそれを理由になんやかや言わんでね。選んだのはあなただから。としか言えんけどね。
真央ちゃんとは逆の意味で、「どーだっていい。好きにしな。」なんですが。

後者に至ってはほんとにねぇ…特殊変換機能でもついてんのかいな。と。
旭日旗についてもさぁ、ユニオンジャックやらトリコロール(フランスもオランダも)やらに文句ゆうとる国があんのか。USSRから独立した国がロシアに金せびっとんのか。アホかっ。
と、思ってしまう訳ですよ。

でもってなのですが、黒猫さんがブログ内に貼ってられるテキサス親父の動画ですが、ワタシもよく見てます。「マジかよー」っつって。
ほんで、親父さんとこのコメ欄を読んでて、はっ!そうか!と(遅い)。
是非皆様、親父さんの英語版オリジナルもご覧いただけないかと。
あやつらの妨害も多々あるようなのですが、回転数を上げることにより、アメリカの人たちの目にもつき易くなるとのことです。

小さなことからコツコツと。嘘は100回言っても嘘なんですよ。だから、コツコツほんとのことを知っていただく為に。

それにしても、テキサス親父。袋ネタ相当お気に入りだな(笑)。

投稿: ヨル。 | 2013年8月 8日 (木) 01時19分

昨年は従軍慰安婦のアニメ、今年は映画ですか。また、世界中で上映する魂胆ですかね。世界中にいる日本人は韓国が国家規模で日本を貶める映画を上映するが相手にしないよう在住する国や都市に予防策を打つべきでしょう。新たに出てきた日記もいつの間にか韓国が有利になるように捏造されるのでは。韓国で日本に有利になるような事を言う学者は有罪になりますよ。

日韓基本条約(韓国は北朝鮮の分も受け取って渡していない。泥棒。)の戦後賠償をはじめ、事あるたびに名目を変えて日本政府や民間事業で韓国に援助をしてきた。巨大な額である。技術提供もある。また、日本は従軍慰安婦についても追加の賠償や謝罪もしてきた。それらの事実を全く米国には伝えていない。銅像とスローガンで目隠しして米国民を騙している。日本の桁外れの賠償金と追加援助金の総額を韓国と米国で認識されるようにすべきである。

日本では今後、消費税が上がる予定である。また、財政再建のため所得のある高齢者の医療費負担が2割になる可能性もある。アベノミクスが足を引っ張られ円高に戻れば企業からの税収が減り、さらなる増税もありうる。韓国に払う金、血税はびた一文もない。未来永劫ない。韓国の面子をたてるため謝罪だけしてくれとすり寄られても、する必要は全くない。面子を立てる必要などない。これまでの日本の誠意を踏みにじりられ、これだけ貶められたのだから、日本は韓国の世界常識からはずれた異常性を世界中に訴えると強気にでるべき。反日闘争、火病を激しくしても飴は与えられないと堪忍するまで強気であるべきである。
韓国に配慮するという事は日本が悪かったと解釈する国だと胆に銘じて、今までのような過ちを繰り返してはいけない。

投稿: ラベンダー | 2013年8月 8日 (木) 01時26分

 なにいってんでしょうね、朝鮮日報は。

日本軍は慰安婦募集について民間業者に委託していたのであり、直接軍が面接するわけないのでそういう意味で、もし強制的あるいは騙す行為があったとしても、直接軍から指示をしたわけではなく(むしろ騙されないよう勧告)、業者が独自に行ったこと、と日本側は主張しているわけですよね。

軍は何を要求したのか? 慰安婦か?強制連行か? 

そこをはっきりさせないで、軍の関与の有無だけ語っても議論はかみあわないに決まっています。(かみあったら向こうはひとたまりもないからね)

本当に安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授が、
「従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる」などといったのでしょうか? この部分の報道も怪しいです。

おそらく話題に出ているのは、以前私もリンクを貼った(かな?最低限、翻訳されたものを話題にはしたはずです)米軍レポートをきちんと読めば、いかに慰安婦たちがきちんと扱われていたかわかるはず。

安名誉教授は事実がすべてだ、といった人で、韓国の悪しき日本悪者説、なんでもかんでも日本のせい、といった考え方に果敢にも異議を唱えた人物ですよね。

もし彼が本当に米軍レポートを読んだ後で日記と照合したなら、日本側と同じ結論に至るはずです。
慰安婦問題だけでなく、竹島、日韓併合についても大筋で日本側と同じ結論なのだし。

この名誉教授率いるニューライトについて最近日本でも話題になっているので、冷や水を浴びせたくてまたこのような歪曲報道をしていると思います。 

まぁそれだけバ姦国への包囲網を肌レベルで感じてきているということかもしれませんが。

投稿: まりあ | 2013年8月 8日 (木) 02時14分

上のラベンダーです。映画× ドラマ○ です。やはり、韓国ドラマと同じように(あるいはセットで)世界中にテレビ放送される危険性があります。日本政府は韓国に他国での放送を禁じるように働きかけるべきです。場外乱闘は卑怯であると言い渡すべきです。念の為に予め韓国ドラマを買い取っている国にこのドラマを放送しないように予防線を引かなければなりません。ドラマは観る対象に子供も含まれ、視聴者数も膨大になります。取り返しがつかなくなります。日本が反論を後からしても最初に目から入った情報(記憶)を訂正するのは困難です。日本と韓国の歴史を知らない国(だぶんおおよその国が知らない)にとっては決定的になります。情報を先に与えた方が断然に有利です。いつものように日本政府がドラマの内容を見て検討するとしたり、見た後で遺憾の意を表明するだけではすでに勝負がついているという事です。韓国は確実に計画を進めています。日本も計画的な戦略が必要です。(自分の危機感が大きすぎますか?)
前の記事のアリエル=クレマチス様ありがとうございました。

投稿: ラベンダー | 2013年8月 8日 (木) 02時35分

慰安婦に頼まれて銀行で貯金や送金を行ったことや、慰安婦たちが部隊の上映する映画を観に行ったことなど、何気ない日常が記されていますが
この慰安所従業員の日記 をごくまっとうに読めば、強制連行はなかったとの証明になる筈。


「(1943年)8月13日 鉄道部隊で映画があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた。」「(1944年)7月27日 正金銀行に行って、慰安婦の貯金をした。」「(同年)10月25日 スマトラのパレンバンからシンガポールに来た宮本と第一白牡丹で前は慰安婦をしていた今の仲居が今般結婚した」

他にも、軍医が慰安婦の健康診断を行ったり、軍による慰安所の移転命令に対して慰安婦たちが反対したことなどが記されているし。

これらの内容からは、とても「強制連行」「拉致」「性奴隷」など、現在の韓国が騒ぎ立てるような実態は見られないと思います。

投稿: 白黒にゃんこ | 2013年8月 8日 (木) 12時14分

この日記はむしろ軍による強制連行などなかったことや、性奴隷状態じゃなかったことの証拠ですね、自分もそう思います。
普通奴隷状態の人間に給料なんて出さないですよね、そのうえコンドームの配布や健康診断のような性病予防までしてるし、ほかにも軍人より稼いでいたなんて話まであるし、帰郷の許可や乗船券の話まであるし、これをどう解釈したら強制連行の話になるんだか。

投稿: Tama | 2013年8月 8日 (木) 16時15分

どうでもいいことですが

東スポWeb 8月6日(火)14時5分配信
山本太郎議員わずか92日でスピード離婚していた
東スポの直撃に離婚の事実を認めた山本議員

 7月の参院選に東京選挙区で66万票を集めて、初当選した俳優の山本太郎参院議員(38)に衝撃事実が発覚した。昨年5月に18歳年下で、美人プロサーファーで知られたAさん(20=現在プロ活動停止中)と交際1か月で電撃結婚したが、わずか3か月でスピード離婚していたのだ。

 本紙の直撃に山本氏はしばし絶句した後「一番にかぎつけたのは東スポさんですか。隠せる限りは隠したかったんですが。」

…って、ほんっとにどうでもいいことなんですが

なんですかその「隠せる限りは隠したかったんですが。」って!!
訳判らんよ。恥ずかし~。
議員になったんだし、もう私人でなく公人なんだし、それにイマドキ離婚など恥ずべきことでなし。正々堂々と表明しなさいよ。
ワタクシ的には「隠せる限りは隠したかったんですが。」ってそのいじましさ溢れる言葉で既にOUT。

投稿: 白黒にゃんこ | 2013年8月 8日 (木) 18時13分

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